3.8. 海洋深層水放流域での海藻類の挙動

栄養塩を豊富に含んだ海洋深層水を放流すると、放流域の海藻群集の成長に変化が起こる可能性があります。昇温していない海洋深層水を漁港内に放流する試験をおこなった結果、海藻が大きく成長することが実証されています。

海洋深層水を昇温して放流した場合の海藻類の成長を相対成長率からみると、深層水の水温が比較的高い場合は(10℃,太平洋側)、0~15℃昇温条件で相対成長率は大きくなります。深層水の温度が低い場合は(5℃,日本海側)、希釈率の低い条件では相対成長率が低くなる場合もありますが、昇温することで相対成長率は表層水の場合に比べて大きくなります。

海洋深層水(10℃)を15℃昇温して放流した場合の、海藻類の現存量は下流域で大きくなります。

一方で、海洋深層水は珪酸濃度が高いため、海藻上に付着珪藻が繁茂し、海藻類の成長を抑制する可能性もあります。

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海洋深層水の放流による海藻成長の実証

 

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海洋深層水の放流に伴う海藻の挙動




 

3.7. 海洋深層水放流域での植物プランクトン群集の挙動

 海洋深層水を大量に放流した場合、深層水に含まれる高濃度の栄養塩によって植物プランクトンが増殖する可能性があります。一方で、深層水は水温が低いため、希釈率の低い場では増殖速度は低水温の影響を受けて、表層水よりも低くなる可能性もあります。海洋深層水をそのまま放流する場合と、昇温して放流する場合の植物プランクトンの比増殖速度を比較すると、昇温しない場合では希釈率が低い場所では、増殖速度は表層水よりも低くなります。5℃以上昇温すると、増殖速度は常に表層水の値よりも高くなります。

海洋深層水を放流した場合、植物プランクトン群集の構成が変化する可能性があります。初期条件(表層水だけの条件)や新たに表層水を添加した条件では鞭毛藻類の比率が高くなりますが、深層水を添加すると珪藻類主体の群集構成に変化します。これは深層水に多く含まれる珪酸の影響と考えられます。

海洋深層水を15℃昇温して海域に放流した場合、植物プランクトンの高密度分布域が出現する可能性があります。海洋深層水は場の流れに乗って下流域に拡散し、その間に植物プランクトンが増殖します。概ね18㎞下流域で植物プランクトンの現存量が最大4%程度増加すると推定されます。

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海洋深層水の放流に伴う植物プランクトン群集の挙動




3.6. 海洋深層水放流による環境変化

海洋深層水を昇温した後に放流すると、放流域の水温、栄養塩濃度、pHが変化します。また、栄養塩濃度の変化は放水域の植物プランクトン群集や海藻・草類群集に影響を及ぼす可能性があります。海洋深層水を100万m^3/日で取水し、15℃昇温して放流した場合の環境変化を概観します。

水温:海洋深層水の水温を10℃とし(太平洋側)、15℃昇温して放流すると周年25℃の海水が放流されることになります。夏季の場合、放水口側に温度変化はほとんど起こりません(表層水温28℃程度)。冬場は温排水が放流され広い範囲に拡散します。表層水を冷却水として利用する一般的な火力発電所では常に環境水温より7℃程度高い海水(夏季で35~37℃)が放流され、夏季の放水域は海洋生物にとって過酷な水温になります。海洋深層水を用いることで、夏季の高水温域は形成されません。冬季の海洋深層水放流水は20~25℃と高くなりますが、自然の環境水温の変動範囲(8~30℃)のなかに収まります。海洋深層水を冷却水として利用した場合、放流域の生物群集への影響は小さくなります。

栄養塩:海洋深層水を取水して放流すると放流域のリン、窒素、珪酸の濃度が上昇します。栄養塩は比較的広く拡散します。夏季の場合、10倍希釈水は約1km下流側まで到達し、冬季では4~5km下流側まで到達します。このような栄養塩の拡散は放流域の植物プランクトン群集や海藻の増殖に影響をおよぼします。

pH:海洋深層水の放流によってpHが下がります。これは海洋深層水中に高濃度の炭酸が含まれるためです。通常海洋の環境基準ではpH7.8~8.3の範囲が適正とされます。海洋深層水を放流した場合、pHが7.8以下となる範囲は約500m程度となり、影響は限定的と考えられます。pHの低下は石灰化をおこなう貝類、ウニ類、サンゴ、石灰藻等に影響をおよぼす可能性があります。サンゴの場合、高栄養塩濃度(高いリン酸濃度)や栄養塩の構成比(硝酸とリン酸の比率)がサンゴの石灰化を阻害する可能性があるため、海洋深層水を放流する場合、配慮が必要と考えられます。海洋深層水を石灰化生物の種苗生産に用いる場合は、予め空気によるバブリング(エアレーション)をおこなうことでpHを高くできます。

 

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放水域の環境変化


 

3.5. 海洋深層水取水によって連行される生物量

海水を大量に取水すると、取水する海水と一緒に生物の連行が起こります。発電所の場合、連行された生物は急激な温度上昇や、流れの変化によって損傷・死亡すると考えられています。

表層取水(通常の取水方式)と海洋深層水を取水した場合の生物量を比較しました。有機炭素量は生物量を炭素量であらわしたものですが、海洋深層水を取水した場合、表層水を取水した場合の0.53~50.6%となります。個体数からみると24.2~45.3%になります。種類数からみると48.4~69.7%になります。これらの結果からみると表層水取水にくらべて、海洋深層水を取水したほうが、生物の連行影響は小さいと考えられます。一方で、取水する場所によっては、深層にのみ生活する脆弱な生物群集への影響を配慮する必要もあります。

 

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海洋深層水を取水した場合の生物連行



 

3.4. 海洋深層水の利用によるCO2の排出量削減

海洋深層水の低温安定性を省エネルギーに利用することが可能です。

火力発電所の冷却用水として利用した場合の例を示します。60万kW級のLNG火力発電所では、冷却水量は100万m^3/日が必要となります。この冷却水に水温10℃の海洋深層水(周年ほぼ10℃)を利用した場合、復水器の真空度が上がり発電効率が向上し(年平均1.4%向上)、CO2排出削減量は44,900 t・CO2/年となります。

海洋深層水には高濃度の全炭酸が存在します(約2,300μmol/kg・海水)。表層の全炭酸濃度は約1,980μmol/kg・海水であり、海洋深層水に比べて低い値です。海洋深層水発電所で利用したのちに海洋に放出した場合、約300μmol/kg・海水の炭酸(CO2)が大気中に放出される可能性があります。大気中に放出される可能性のあるCO2量を計算すると年間で約5,400 t・CO2/年となります。

この結果、年間のCO2排出削減量は44,900-5,400=39,500 t・CO2/年となります。

海洋に放出された深層水中の炭酸(CO2)を植物プランクトン光合成によって固定した場合、大気への放出量は約2,000 t・CO2/年となります。

この場合の年間CO2排出削減量は44,900-2,000=42,900 t・CO2/年が削減できることになります。

海洋深層水特有の特徴を考慮すると、海洋深層水を用いることで60万kW級火力発電所のCO2排出量削減期待値は39,500~42,900t・CO2/年となります。

 *全炭酸:炭酸(CO2)、重炭酸(HCO3)、炭酸イオン(CO3)の合計。

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海洋深層水を火力発電所冷却水に利用した場合のCO2排出削減期待値

また、海洋深層水を室内冷房や、漁業で鮮魚保蔵に使われるシャーベット氷の製造に利用した場合の省エネ効果は、電力消費量で23~33%の削減が可能です。

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海洋深層水の利用によるその他の省エネ効果





 

3.3. 海洋深層水の大量取・放水の影響と効果

海洋深層水を火力発電所の冷却用海水として利用した場合、60万kW級火力発電所で約100万m^3/日の深層水を取水することになります。年間を通じて低温な海水を冷却水として利用することで発電効率が向上し、発電所のCO2排出量の削減が期待されます。冷却用海水として使用した場合、海洋深層水は10~15℃程度昇温します(太平洋側では20~25℃になります)。

これを海洋に放流した場合、温排水の量が減少します。また、沿岸部に放流した場合は、その富栄養特性を利用して海藻・草類の繁殖に利用でき、沖合に放流した場合は植物プランクトンの増殖に利用できる可能性があります。取水口側では表層取水に比べて生物の連行量を少なくできることが期待できます。

一方で、栄養塩を豊富に含む深層水を放流することで、海洋の富栄養化が起こる可能性があります。炭酸を多く含む深層水を放流することで、表層水のpHが変化する可能性もあります。

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海洋深層水の大量取・放水の影響


 

3.2. 我が国での海洋深層水の利用

日本での海洋深層水の取水は1989年からはじまり、現在では15箇所で取水がおこなわれています。取水量は沖縄が最大で1日あたり13,000m^3ですが、それ以外の地点では概ね2,000~4,000m^3の取水がおこなわれています。取水された海洋深層水の多くは水産業や食品産業、化粧品産業等に利用されています。

海洋深層水を大量に取水することで、その富栄養性を利用した海洋の肥沃化、低温安定性を利用した再生可能エネルギーの生産や省エネ利用が検討されています。

海洋深層水を大量に取水しエネルギー生産や省エネに使った後に産業利用できれば、適度に昇温した深層水を安価に利用することが可能となります。一方で深層水を大量に放流した場合の環境への影響も考えなければなりません。

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国内の海洋深層水取水地点

 

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海洋深層水の大量取水利用の検討