4.17. 地球環境農場の実現

農地において太陽光発電をおこない、農業事業者の収益を高め、地域を豊かにし、発電した電力によってエネルギー起源のCO2を大きく削減する地球環境農場の実現性を検討してきました。小規模の電力生産でよければ、強い日射を必要としない作物に適用することは可能です。施設園芸での太陽光発電の利用は施設園芸における暖房によるCO2排出削減(4.14,約400万t-CO2)には有効ですが、国内のCO2排出削減への効果は大きなものではありません。

水田の場合、適正な太陽電池(たとえば光質変換透過太陽電池)を用い、水田内に影響のないように配置することで、コメ生産高を低下させずにソーラーシェアリングをおこなうことが期待できます。この場合の収益はコメ作だけの場合の4.3倍の収益となります。CO2排出削減量は1ha当たり194.3t-CO2が期待できます(4.13)。

国内の5~40%の水田に適用した場合、発電量は約500億kWhから4,000億kWhとなり、これによる売電収益は5千億円から4兆円となります(売電価格,10円/kWh)。これによる電力起源のCO2排出削減量は23百万トンから1.87億トンとなります。

地球環境農場を確立するには多くの課題があります。既存の光質変換透過太陽電池の最大出力は100W/m2程度(光透過率30~40%)で出力は大きいものではありません。高出力太陽電池を製造しているメーカーであれば、160W/m^2以上の光透過型太陽電池の製造は可能です。また赤色光の増加が幾つかの作物生産に有効なことは知られていますが、水田に適用された事例はありません。今回の経済性検討では太陽光発電に必要な原価を計算に入れていません。農業分野に適用できる単価の光質変換透過太陽電池が供給できるかが課題となります。

地球環境農業を実現するには再生可能エネルギーが持つ課題への迅速な対応が必要となります。不安定で、地域によって変動する再生可能エネルギー生産をどう安定的に全国に供給するか(全国の電力系統の連携)、大規模な蓄電法の確立(蓄電池開発や揚水発電の利用、水素への変換)、予備電力としての火力発電所の規模やCCS(CO2分離回収・貯蔵技術)との連携が必要になります。

また、小規模農業事業者では大規模太陽光発電には対応できません。農業事業者が大規模化する必要があります。地球環境農場を農業事業者自身が運営すれば、収益は大きいものとなります。農地上空を専門の発電事業者に貸与するのであれば、大きな収益は期待できません。また、発電事業が主体となれば農地は荒廃します。温暖化対策を前提とした国の補助や実証規模の技術開発の推進が必要となります。

 

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地球環境農場の期待と課題

 

4.16. 地球環境農場のイメージ(4) 施設園芸での地球環境農場

作物によって必要な日射量が異なります。通常野菜類は夏季には遮光しますが、それ以外の時期は遮光しません。花卉類は一般的に通年遮光をするため、太陽光発電をするうえで有利です。国内の施設園芸面積をみると、圧倒的に野菜類の面積が広く、花卉類の栽培面積は限られています。

施設園芸でのエネルギー起源のCO2排出量を大きく減らすには、野菜類の栽培にどのように太陽電池を適用できるかが課題となります。

作物の生産量が20%減少しても、品質が20%以上向上すれば作物栽培での収益は維持できます。

例えば、温暖化に伴う高温化への対策としてミスト(特にドライミスト)が温室内の温度調整に使用されています。同じように高温化による果実の色落ち対策として紫外線照射(UV-A)や夜間の補光がおこなわれています。このような光の照射はアントシアニン(色素)を増加させる効果があり、トマトやブドウ栽培において利用されています。

太陽電池も農業用に工夫され、太陽光の一部を赤色光(植物が主に光合成に利用する波長)に変換できる光透過型太陽電池等が存在しています。このような太陽電池を温室全面に設置するのではなく、一部に設置して赤色光を増加させることで成長速度を高めることが可能です。

また床面を光反射マットにしたり、温室外壁フィルムを光散乱フィルムにすることで、太陽電池設置による影響を軽減できます。

これらの技術を使うことで、作物生産量の減少を高品質化によって補い、作物生産高を維持しつつ必要なエネルギーを太陽光発電によって供給し、施設園芸から排出されるエネルギー起源のCO2排出量を大きく削減することは可能と考えられます。しかし、対策には新たな設備投資が必要となります。

 

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施設園芸における地球環境農場のイメージ

 

4.15. 地球環境農場のイメージ(3)太陽電池設置による施設園芸のエネルギー収支

162m^2の 温室屋根面に光透過型太陽電池を遮光率20%となるように設置した場合の年間発電量は12,489kWhとなります。

太陽電池は機材設置エリア(温室の北側)と屋根面の縁辺部に密に配置しました。機材設置エリアは通常温室の北側にあり、そこでは作物栽培をおこなわないため、太陽電池を密に設置しても作物への影響はありません。屋根面縁辺部に太陽電池を密に設置するのは、温室外壁フィルムを光拡散フィルムにした場合、光の温室外への拡散を小さくするためです。このように太陽電池を設置すると、栽培エリアの遮光率は20.3%となります。太陽電池の最大出力は12.4kW(168W太陽電池74台,光透過率30%)となります。

温室暖房で消費される電力は設定温度を12℃とした場合、年間で11,500kWh (4.14.)となり、年間を通してみると太陽電池を設置することでほぼ消費エネルギーをゼロにすることが可能となります。しかし、外気温度が低い場合、暖房消費エネルギーは大きくなります。また作物によって設定温度が異なります。

太陽電池の設置により、日射量が20%程度減少します。温室で栽培される作物は一般的に販売単価の高いものが多く、太陽電池の設置により生産量が低下すると収益性は大きく低下します(4.11. 農地でのソーラーシェアリングによる収益性)。

このため、施設園芸において地球環境農場を実現するには、太陽光発電を行いつつ収益性が低下しない方法を考える必要があります。

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温室屋根面への太陽電池の設置とエネルギー収支の試算

 

4.14. 地球環境農場のイメージ(2)施設園芸によるCO2排出量

農林水産分野から排出されるCO2は3,551万t-CO2であり、国内総排出量の2.6%です。このうちエネ ルギー起源のCO2排出量は1,160万t-CO2で、残りは農地や家畜がだすCH4やN2Oが主なものです。エネルギー起源の排出CO2のうち、558万t-CO2が農林分野からのものであり、そのうち約400万t-CO2が施設園芸での暖房によるものです。

施設園芸における地球環境農場を考えるうえで、CO2排出量をゼロにできるかが課題となります。

温室の暖房は安価な重油ヒーターが主流ですが、現在はヒートポンプによる暖房に替わりつつあります。ヒートポンプを前提にTRNSYSソフトウエアを用いて、温室設定温度別の暖房による消費電力をシミュレーションしました。10℃~16℃の設定範囲で年間で8,171~20,007kWhの電力が必要となります。CO2排出量は4.2~10.2t-CO2/年となります。なお、この計算結果は162m^2 (9m×18m)の温室の値です。

*農地からでるCH4やN2Oは土壌中の有機物が微生物によって分解される過程で生成されるものです。また家畜等が餌料を消化する際に消化管内の微生物によってゲップとして排出されます。

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農業分野から排出されるCO2

 

4.13. 地球環境農場のイメージ(1)水田

エネルギー起源のCO2を大きく削減する上で、農地でのソーラーシェアリングは有効な手段です。特に水田は面積が広く(我が国の耕作地の約50%)、そのなかで単一作物を栽培するため太陽電池を画一的に設置できる利点があります。またコメの収穫量もさほど多くなく単価も安いため、収益性を確保する上でソーラーシェアリングに適しています(4.11.)。しかしコメは主食であり、この生産量が大きく減少することは食糧安全保障からみて問題となります。

近年の気温上昇によってコメの品質が低下しており(4.12.)、水田上部に太陽電池を設置することは、直射光を遮りイネ群落の温度を下げるうえで有効です。しかし、イネの生育には強い日射が必要であり、太陽電池の設置による日射量の減少は光合成速度を低下させコメ生産量を減らす可能性があります。

光質変換透過太陽電池は電池の中央部に光を透過するスリットを入れることで、影のできる面積を小さくし、スリット部に光拡散ガラス(あるいはフィルム)と光合成に有効な光質変換フィルム(赤色光を増幅する)を用いることで、光を拡散し影の影響を小さくし、直射光によるイネ群落の温度上昇を軽減できます。また赤色光の増加は光合成速度を速める特徴があり、これを農業用太陽電池として用いることで、太陽電池設置による影響を軽減できる可能性があります。

温暖化に伴い大気中のCO2濃度は年々上昇しています(2000年に比べて約11%増加)。光合成は太陽光をエネルギー源として、CO2と水から糖(グルコース)を作ります。我が国の作物栽培では水や太陽光は十分にあり、大気中のCO2濃度はこれらに比べて相対的に低いため成長を制限する要因となっています。大気中のCO2濃度の上昇は太陽光発電による日射量の減少を補償し、光合成速度を維持できることが期待できます。イネ群落内では空気が動かないため、昼間はCO2濃度が低くなります。群落内に太陽電池で生産された電力の一部を用いて空気を送り込めれば、コメの生産低下を抑えることが可能となります。

コメの生産量が低下しない場合の1ha(1万m^2)当たりのコメ生産量は5.3tで、収益は138万円となります。この水田上に遮光率20%で農業用太陽電池を設置して発電した場合の年間発電量は416,600kWhで、電力収益は416万円となります。コメの生産量や品質が低下しない場合、2つの生産による収益は554万円が期待できます。

太陽光発電によるCO2排出削減量は、年間194.3t-CO2となります。このCO2排出削減量をJ-クレジット制度で売買した場合、約33万円/年(1,700円/t-CO2と設定)の収益が得られます。この結果総収益は587万円となります。

水田での地球環境農場の実現はCO2排出量の削減に貢献できるとともに、高い収益性を地方の稲作事業者にもたらし、経済性のある地球環境保全対策となります。

水田において地球環境農場を実現するには、水田上部に農業用太陽電池を設置することで温暖化の影響を避け、高い生産量と品質を維持できる適正な遮光率(太陽電池の設置率)を明らかにすることが課題となります。

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水田での地球環境農場の実現





 

4.12. 地球温暖化による農作物への影響と対策

地球温暖化に伴って農作物への影響が現れています。コメについてみると1980年代から2000年代初頭にかけて一等米の比率の高い地域が日本南部から北部に移っています。また多くの農作物で品質の悪化や成長不良が報告されています。変化の原因は主に気温の上昇によるもので、遮光やミスト噴射による対策がとられています。

太陽電池を遮光に使うことで、直射日光による作物への温度上昇を抑制できる可能性があります。しかし、太陽電池の設置に伴う日射量の減少により、光合成への影響を考える必要があります。

現在、地球温暖化の原因としては主にCO2濃度の上昇によるものとされています。太陽電池の設置は作物にあたる日射量を減少させますが、温暖化による大気中のCO2が増加することで、この影響を軽減する可能性があります。

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気温の上昇と一等米生産地域の変化

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地球温暖化が農作物におよぼす影響

 

4.11. 農地でのソーラーシェアリングによる収益性

6種類の作物について太陽光発電をおこなった場合の収益性を計算しました。計算では、太陽電池の設置による日射量の減少が作物生産量の減少になるように設定しています。生産者単価が相対的安く、収穫量の少ない作物では収益差が大きくなり農業事業者にとって有利になります。

 太陽光発電併用収益差=(太陽光発電収益+作物生産収益)-通常栽培収益

一方で、単価が相対的に高い作物や収穫量の多い作物では太陽光発電併用収益差は小さくなり、太陽光発電を併用するソーラーシェアリングの効果は小さくなります。この結果を図にすると通常栽培収益(作物の生産者単価×収穫量)が大きい作物ではソーラーシェアリングの効果が小さく、通常栽培収益の小さい作物のほうがソーラーシェアリングの効果が大きいことがわかります。最も収益性が高いのは穀物・豆類で次いで野菜類となり、果菜類はソーラーシェアリングに適していないことになります。一般的に穀物栽培は広い農地でおこなわれるため、この点からみても穀物や豆類がソーラーシェアリングに適しているといえます。
この計算には作物生産に必要な原価(費用)や太陽光発電に必要な原価は含まれていません。これらを考慮するとソーラーシェアリングによって作物生産量が低下しない方法や、逆に作物生産を増加させる方法や品質を向上させる方法を考える必要があります。

 

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ソーラーシェアリングが有効な作物の検討